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亀戸浅間神社の御朱印とアクセス方法は?有形文化財が多く残る歴史ある神社

亀戸浅間神社 拝殿

今回は東京都江東区に鎮座する「亀戸浅間神社」をご紹介いたします。

亀戸浅間神社かめいどせんげんじんじゃとは

御祭神

木花咲耶比売命このはなさくやひめ
ご利益:五穀豊穣・火難除け・安産・醸造の守護

御朱印

あり:500円

御由緒

その昔、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東夷ご征討の折、相模から上総へ船で向うとき「こんな小さな海なら、駆けて跳び上がってでも渡れる」と大言壮語し、海を渡りました。

ところが海の中程までくると突然暴風が起こり、日本武尊の船は漂って渡ることが出来なくなってしまいました。

その時、日本武尊に従っていた弟橘媛(オトタチバナヒメ)という媛が「これは、日本武尊のお言葉に怒った海神の仕業だ」と言い、日本武尊の身代わりに自らの身を海に投じました。すると暴風はたちどころに止み、船は無事、岸に着くことができました。

後に、弟橘姫の笄(こうがい)と櫛(くし)が奥湾に漂着しました。

20140317_たのみ辞碑そのうち、笄がこの辺り高貝(こうがい)洲(す)と呼ばれていた現在の亀戸9丁目(旧神社跡)付近に漂着したと言われています。

これをお聞きになった十二代景行天皇は大層愁いて、ここに笄を埋め、祠を立てて祀りました。当時の諸将が苦難の折に、この祠に参り祈願すると何事も必ず聞き届けられたとも伝えられています。

大永七年、後奈良天王・室町時代(1527年)富士信仰の尤も盛んな時代に、里人たちは甘露寺元長に勧請し、霊峰富士山の御守護神・木花咲耶比売を戴き、この笄塚の上に浅間社として創立し、ご遷座を成したとされています。

現在の社殿は、昭和二十年の東京大空襲にもその難を免れ、七十数年を経て現在に至っております。近年鉄骨の神社の多い中で、稀少な木造建築ともなっています。

※亀戸浅間神社Webサイトより

 

亀戸浅間神社かめいどせんげんじんじゃまでの道のり

亀戸浅間神社道のり

亀戸浅間神社の最寄駅は都営新宿線「東大島駅」。

そこから大通りを徒歩10分ほどで到着します。

JR総武本線「亀戸駅」からも行けますが、歩いて20分くらいかかるみたいです。

亀戸の町を散策しながら向かうのもいいかもしれませんね。

 

亀戸浅間神社かめいどせんげんじんじゃの境内

亀戸浅間神社 鳥居

こちらが亀戸浅間神社の鳥居。

朱色が鮮やかですね。

 

亀戸浅間神社 御由緒

鳥居をくぐってすぐ左側に亀戸浅間神社の御由緒があります。

御由緒

亀戸浅間神社は、社伝によれば大永七年(一五二七)に創建されました。

祭神は木花咲耶比売命このはなさくやひめのみことです。

もともとこの辺りの地は高貝洲こうがいすと呼ばれていました。

これは日本武尊やまとたけるのみことが東征した時に海が荒れ狂ったため、弟橘媛おとたちばなひめが海に身を投じ、その際に身につけていたこうがいが亀戸浅間神社のあるあたりに流れついたことによるものです。

のちに景行天皇けいこうてんのう(第十二代と伝えられる)がその地に笄塚こうがつかを建てたとれています。

この笄塚の場所に富士塚が築かれ、江戸時代には多くの信仰を集めました。

本殿は安政二年(一八五五)の江戸大地震、大正十二年(一九二三)の関東大震災で被災しました。

現在の本殿は昭和初年に建立されたもので、平成10年(一九九八)の大島・亀戸・小松川防災再開発事業にともなって、今の位置に移動しています。

境内には亀戸の富士塚や享和元年(一八〇一)在銘の富士せんげん・亀戸天神・六阿みだ・あさくさ道道標みちどうひょう(いずれも区指定有形民俗文化財)など多くの文化財が残されています。

また、かつて神社境内のそばを通っていた城東電気軌道の線路も残され、関東最大の茅の輪を作る(茅の輪くぐり)神事が年二回行われるなど、亀戸東部地域の歴史や民俗を伝える鎮守ちんじゅとして、人々の信仰をあつめています。

※亀戸浅間神社境内案内より

 

亀戸浅間神社 手水舎

亀戸浅間神社の手水舎。

 

亀戸浅間神社 狛犬

亀戸浅間神社拝殿の狛犬。

いつもは阿吽を並べてアップするのですが、今回は訳あって一体づつ。

 

 

亀戸浅間神社 狛犬

左側の吽型の方に看板がかけられていたので、横からの写真。

ちょうど尻尾で紐の長さ調節してるんですね( ̄▽ ̄;)

 

亀戸浅間神社 拝殿

こちらが亀戸浅間神社の拝殿。

創建は大永七年(一五二七)となっていますが、この拝殿・本殿は昭和初年に建立され、平成十年にこの場所に移動されています。

 

亀戸浅間神社 神輿倉

拝殿の正面には一ノ宮神輿・二ノ宮神輿・子供神輿2基・山車が保管されている神輿倉があり、社伝によると製作年代は幕末のころと言われています。

4年に1度行われる本祭神輿渡御でしか、その姿を見ることが出来ないので、次回は是非参加したいですね!

亀戸浅間神社の摂社・末社

亀戸浅間神社 石造鳥居

亀戸浅間神社の境内には稲荷神社と下浅間神社が祀られていますが、その前に建てられている石造鳥居有形文化財となっています。

形式は八幡形鳥居(明神形)で総高233.5cm、笠の最大幅が315.5cmとなっています。

稲荷神社

亀戸浅間神社 稲荷神社d

御祭神

宇迦之御魂神うかのみたまのかみ
ご利益:五穀豊穣・商工繁栄


五穀豊穣の神さまである宇迦之御魂神うかのみたまのかみが祀られています。

下浅間神社

亀戸浅間神社 下浅間神社

御祭神

大黒様だいこくさま
恵比寿様えびすさま
ご利益:開運招福・縁結び

こちらは七福神で有名な大黒様だいこくさま恵比寿様えびすさまが祀られています。

 

日本武尊と弟橘媛由来の笄塚

亀戸浅間神社 日本武尊と弟橘媛由来の笄塚

亀戸浅間神社の境内を奥に進むとあるのが「日本武尊と弟橘媛由来の笄塚」。

 

亀戸浅間神社 例祭記念碑

「日本武尊と弟橘媛由来の笄塚」由来の横の階段をあがった場所にある富士塚。

中心には富士山の形をした石碑があり「例大祭斎行記念」と書かれています。

 

亀戸浅間神社の有形文化財

亀戸浅間神社 石造鳥居

亀戸浅間神社は多くの有形文化財があります。

これは稲荷神社・下浅間神社の前に立っていた鳥居と同様の石造鳥居。

 

亀戸浅間神社 道標

富士せんげん道道標みちどうひょう

 

亀戸浅間神社 石碑

石造燈籠と城東電車跡。

 

亀戸浅間神社 記念碑

記念碑建設費奉納碑。

 

亀戸浅間神社 石造灯籠

石造燈籠。

 

亀戸浅間神社 身禄歌碑

身禄歌碑みろくかひ

六ツ目地蔵尊

亀戸浅間神社 六ツ目地蔵尊

入り口の鳥居から右側にある「六ツ目地蔵尊」。

六ツ目地蔵尊の前からでも境内に入ることができます。

8体並んでいらっしゃいますが右から「庚申塔」「法華経供養塔」「供養塔(破損仏)伝馬頭観音」「地蔵供養塔1」「地蔵供養塔2」「地蔵供養塔3」「観音供養塔」「如意輪観音供養塔」となっています。

 

亀戸浅間神社かめいどせんげんじんじゃの御朱印

亀戸浅間神社 御朱印
亀戸浅間神社

亀戸浅間神社かめいどせんげんじんじゃ後記

亀戸浅間神社 境内

巨大なマンション郡に囲まれた場所に鎮座する亀戸浅間神社。

境内はとても綺麗で、参拝中も御祈祷される方が何組みも待たれていました。

結婚式もできるようなので、多く方に親しまれている神社なんですね。

 

今回、御朱印と一緒に「亀戸物語II 亀戸浅間神社」というパンフレットもいただきました。↓↓

亀戸浅間神社 物語

「亀戸物語II 亀戸浅間神社」には歴史はもちろんのこと、拝殿の天井絵のことも書かれています。

拝殿の中に入ることはあまり無いので、こういった資料がいただけるのは本当にありがたいですね(^ ^)

初穂料はたしか300円くらいだっと思うので、詳しく知りたい方にはオススメです。

 

亀戸浅間神社かめいどせんげんじんじゃの詳細

創建年 大永七年(一五二七)
御祭神 木花咲耶比売命このはなさくやひめ
主な祭事 7月:山開例大祭、本祭神輿渡御(4年に一度)
御利益 五穀豊穣・火難除け・安産・醸造の守護

住所: 136-0071 東京都江東区亀戸9-15-7

TEL 03-3682-1581 ‎
FAX 03-6336-9581

交通:
・JR総武本線「錦糸町駅」より
①都営バス錦25系統「葛西駅」行に乗り、
②停車駅「浅間神社」下車(乗車時間13分)
③バス停から徒歩3分

・JR総武本線「亀戸駅」より徒歩20分

・東武鉄道亀戸線「亀戸水神駅」より徒歩15分

・都営新宿線「東大島駅」より徒歩8分

・都営バス「浅間神社」より下車徒歩3分

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